「良いものはかならず売れる」のウソ
w'AND illustration代表の佐藤祐輔です。
先日、“あなたはゴミを売れますか?”という記事を書きました。
ニューヨークではゴミや汚水が売られ、しかも売れています。
パソコンやテレビはどんなにハイスペックで低価格なものでもなかなか売れていません。
どうやら「良いものはかならずしも売れるわけではない」ようです。
ここで「良いものがかならずしも売れるわけではない」ことの例を2つ、挙げてみましょう。
<例1>山奥の画家
極端な例をだしてみます。
あなたはとてもすばらしい絵を描く画家です。
あなたのアトリエ兼住居は山奥にあります。
そこではインターネット接続ができません。
外部との接触は一ヶ月に一度、郵便配達がくる程度です。
あなたはそんな環境で、一心不乱に絵を書いています。
自信をもって人にも勧められるすばらしい絵です。
はたして、あなたの絵は売れるでしょうか?
答えは「ノー」です。
あなたの絵がどんなにすばらしくとも、それを知っている人がいないからです。
どんなにいいものでも、その存在を知らなければそもそも買うこともできません。
これは極端な例です。
けれど、本質をついていると思います。
ものが売れるためには、まずその存在が知られることが必要です。
その上でそれが良いものであることが分かれば売れていくはずです。
「存在を知られている」という前提条件なしに「良いものを作っていれば売れる」というのは間違っているのです。
<例2>私のディスプレイは良いディスプレイ
「良いものはみんながほしがるに違いない」と思う人は多いと思います。
確かに良いものはだれでもほしいでしょう。
ここで質問です。
あなたがほしいと思うパソコンのディスプレイはどんなものですか?
私はコンピュータを使って絵を描きます。
ですから、ディスプレイは非常に大事です。
10万円出しても惜しくはありません。
私にとっての良いディスプレイとは、色の再現性がよく、長時間見ていても疲れないものです。
色の再現性が悪いと画面と出力結果が違ってしまい、思っていた絵に仕上がりません。
長時間の作業になるため、見ていて疲れないことは生産性に影響します。
では、普段ネットをするくらいのパソコンユーザーにとって、このディスプレイは「良いもの」でしょうか?
あまりパソコンを使わないユーザーにとっては、安くて軽いことの方が重要かもしれません。
あるいは消費電力が少なく小さいことかもしれません。
少なくとも、絵を描くユーザーが思い描く「良いディスプレイ」とは異なっているはずです。
このように、人によって「良いもの」は異なっています。
どんなに良いものでも、それをほしがる人がまったくいない、ということもあり得るのです。
以上、「良いものはかならずしも売れるとはかぎらない」ことの論拠を2つ挙げました。
- どんなに良いものでもそれを知らなければ買いようがない
- 「良いもの」の基準は人によって異なる
それでもなお「良いものを作っていればかならず売れる」と考えられているのはなぜなのでしょうか?
さらに掘り下げて考えてみる必要がありそうです。