w'ANDのつれづれノート

w'AND illustration代表の佐藤祐輔が考える絵のこと、仕事のこと、社会のこと・・・そんなことを日々つづっていきます。

ブログ毎日更新を一日休んでみました。

w'AND illustration代表の佐藤祐輔です。

 

31日間続いてきていたブログの毎日更新を休みました。
花粉症なのか風邪なのか、くしゃみ鼻水、目のかゆみがひどいのにくわえ、連日の外出もたたって疲労がたまっていたためです。
顔の周辺がずっともやっとするような、かゆいような、なんともいえない“もや”のようなものに包まれている感じです。
花粉症の線が濃厚かもしれません。
目を洗ったり、生理食塩水で鼻をうがいすると症状が緩和するので。

 

ブログを休むことに非常に強い葛藤がありました。
大きくは2つの理由からです。

 

理由1:事業上の効果

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ブログを毎日更新し続けることの効果もあちこちで言われています。

  • 毎日更新することでGoogleに「アクティブなサイト」と認定されて検索順位が上がる。
  • コンテンツが増えていくのでSEO対策としても効果がある。
  • 頻繁に更新することで読者の目に止まりやすくなり、結果読者獲得につながる。

などなど。

 

こうした効果は、ブログをw'ANDの事業活動の一部として位置づけている以上、重要です。
仕事上の理由から、ブログ継続を止めたくない、と感じていました。

 

もちろん、ここには「ブログを休むと仕事に支障が出るかもしれない」という不安感も混ざっています。

 

理由2:サンクコスト効果

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「せっかく31日続いたのだから、連続記録を32日に伸ばしたい」という気持ちもあります。
これは仕事がどう、とかSEOがどう、といった実際的な理由ではありません。
単純な「もうちょっとやれば・・・」という心理です。

この心理はギャンブルをやっているときの心理に近いかもしれません。
ギャンブルで負けがこんできたとき、ついつい「あと1万円出せば取り返せる!」と思ってしまいがちです。
ギャンブルではこの「あとちょっと・・・」が命取りになることがよくあります。

この心理を「サンクコスト効果」と呼びます。
サンクコストとは

ある経済活動・投資活動にいったん投下され、その後にどのような決定(活動の縮小・中止など)を行っても回収することができない費用のこと。投資の評価・意思決定においては、過去の出来事であるサンクコストは一切に考慮に入れてはならず、評価時点以降に起こり得る支出と期待できる利益だけを判断基準とするように推奨している。
@IT情報マネジメント「サンクコスト」

ギャンブルの例で言えば、負けがこんできていることを「さらにゲームを続けるか」の意思決定の材料に持ち込んではいけません。
同じように「今日ブログを書くべきか否か」という意思決定に「ここまで31日間ブログを続けてきた労力」は評価に入れてはいけないのです。にも関わらず、どうしても「ここまでがんばってきたのに・・・」と思ってしまうのは人の性というものです。

 

 

冒頭でも書いた通り、「3月20日はブログを書かない」と決めました。
2つの葛藤がありましたが、決め手となったのは「人間は完璧ではない」という考えです。
“「継続する意志」を鍛えるたった5つのコツ”でも書いたように、なにかを継続するにはコツがあります。
そのうちの一つが「完璧主義にならないこと」。
完璧主義の人の多くが、「30日続けてきたけど昨日ついつい休んでしまった、だから自分はだめなんだ」と考え、そこで続けるのをやめてしまいます。ちょっとの失敗ですべてがだめになってしまったように錯覚してしまうのです。

たとえば1年間ブログを書き続けようとしたとき、その1年の間には何が起こるかわかりません。
風邪で寝込むかもしれないし、パソコンが壊れてしまうかもしれない、あるいは隕石が降ってきて家がなくなってしまうかもしれません。
そんな状況で続けていくのは実質的に不可能です。
そもそも「完璧であろうとすること」事態が不可能なことなのです。
だから、こんなふうに考えるのです。

今日休んだから31日連続更新で止まってしまった。けれども、明日書けば33日中32日更新したことになる。達成率はおよそ97%だからずいぶん良い数字じゃないか。

 

そんなわけで、一日お休みさせていただきましたが、また今日から更新を続けていきたいと思います。

 

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