w'ANDのつれづれノート

w'AND illustration代表の佐藤祐輔が考える絵のこと、仕事のこと、社会のこと・・・そんなことを日々つづっていきます。

絵描きのためのビジネス戦略4〜効率とターゲッティング〜

w'AND illustration代表の佐藤祐輔です。

 

最初に、前回の“ポジショニング”について補足があります。

絵描きが市場に対して自分のポジションをとる場合、大まかに三通りの考え方があります。

  1. 自分の描いている絵に合わせてポジションをとる
  2. 自分がねらいたいポジションに合わせて絵柄を変える
  3. クライアントの望むものはなんでも描く

器用な方なら3のポジションの取り方も十分ありだと考えます。
「あの人に頼めばなんでも描いてくれる」というのは他と大きく差別化できる優位点になるからです。ただ、3のポジションはあくまで絵を描くことを技能として割り切れる方に限られるようにも思います。自分の世界観にこだわりのある方にとっては大きなストレスになるでしょう。

2のポジションはまだ自分のスタイルがかたまっていない方に有効なポジションの取り方でしょう。
売れる絵柄や競合がほとんどいない絵柄を見つけ出して自分のスタイルにし、先行者優位を確立してしまうのです。他に先んじることができれば、競合が育つまでの間は安泰でしょう。

しかし、私がここで書いている“絵描きのためのビジネス戦略”では、2や3のポジションを狙う方を対象にはしていません。

私がこれまでみてきた多くの絵描きは、すでに自分の絵の世界観ができており、それをお金に変えることが出来ずに苦しんでいたからです。2や3のポジションのように簡単に自分の絵柄を変えられるのであれば良いですが、すでに自分の世界観ができあがっている場合、それを大きく変えていくのは難しい。それならば、自分の絵柄がうまくはまるマーケットを見つけていく方が苦労も少ないはずです。

 

※余談になりますが、「絵を仕事にしてしまうと自分の好きなように描けなくなる」という悩みを持つ方が多いように思います。それはおそらく、1のポジショニングを指向しているのに2もしくは3のポジションをとってしまったために発生した、自分の思いと市場における位置づけの食い違いによるものと思います。

 

前置きが長くなりました。
今回の本題は“ターゲッティング”です。
“ターゲッティング”とは平たくいえば「売る相手を絞り込む」ということです。
年齢、性別、職業、好み、ライフスタイル・・・そうした要素を絞り込んだ顧客ターゲットを設定することです。

前回の記事の中で“ポジションをとるということは顧客を絞り込むこと”と書きました。
“ポジショニング”と“ターゲッティング”は密接に関係しています。

 

まずは前回あげたスターバックスとドトールの比較を使って、ポジショニングとターゲッティングの関係をみていきましょう。

 

スターバックスとドトールにみる顧客ターゲットの違い

前回の記事の中で、スターバックスとドトールの特徴を比較しました。

スターバックスドトール
店内禁煙 店内喫煙可
広い店内とゆったり座れるスペース 店内は広くなく一人当たりの面積が狭い
家では作れない種類のコーヒー 主力は一般的なコーヒー
フード類は少ない ランチや軽食に最適なフード類が豊富

この比較から、スターバックスとドトールの戦略の違いが浮かび上がります。


スターバックスは来店客の滞在時間が長いため、回転率が低くても収益をあげる戦略が必要になります。スターバックスのコーヒーを「ちょっと高い」と感じられる方もいらっしゃるでしょう。それは回転率を低くするかわりに客単価をあげて収益を確保するためです。そのため、「どこでも飲める」という類いのコーヒーは用意せず、珍しい種類のコーヒーを取り揃えています。


一方のドトールは客単価をおさえるかわりに回転率をあげる戦略をとっています。ドトールのコーヒーは一般的なものですが、低価格なため「ちょっと時間つぶしに」と払える金額設定になっています。ドトールの店内を思い浮かべると、ゆったり座れるスペースはなく、背もたれのない高い椅子や長く座っているとお尻がいたくなるような堅い椅子が置かれています。これも回転率をあげる工夫のひとつでしょう。


スターバックス「上質のコーヒーでゆったりした時間を楽しんでもらう」というポジションを、ドトールは「低価格で手軽にコーヒーが飲める」というポジションを、それぞれとっていることになります。

 

では、スターバックスにはいる人とドトールにはいる人の違いはなんでしょうか?

スターバックスを利用する人の多くは「ゆったりした時間を店内ですごしたい」と考えています。喧噪から逃れてしずかな時間をすごし、気持ちをリラックスさせることを求めています。そうした時間と空間にもお金を払うと考えれば、他のコーヒーショップチェーンよりも少々単価が高くても構いません。
対してドトールを利用する人の多くは「次の約束までの15分をつぶしたい」「15分で簡単なランチを済ませたい」といったニーズをもっています。すきまの時間を安く手早く消化したいため、リラックスできる空間は求めていません。必要なのは安さとスピードです。

私の経験になりますが、「ゆっくりしずかに本を読みたい」と思ったときにドトールに入るとどうにも落ち着きません。人の出入りが多いですし、どうも急かされている気分になるからです。逆に10分で良いので座ってすこし休みたい、という時はドトールの安さはとても重宝します。
逆のことがスターバックスにもいえます。10分だけ休みたいのにゆったりした椅子に座ってしまうと、そのまま立ち上がりたくなくなってしまうのです。これはこれで困りものです。

 

このように、顧客にはそれぞれ求めているニーズがあります。
ニーズは多種多様ですから、すべてを満たそうと思うと逆になんの特徴もないものになってしまいます。
ですから、「自分が提供するサービスは顧客のどういったニーズを満たすことができるのか?」を考えることが重要になってきます。

これが「誰に売るのか?」を考えること、つまり“ターゲッティング”です。

 

曖昧な「たくさんの人」の像を具体化する

個展を開くアーティストの多くが「たくさんの人にみてもらいたいです!」ということをよく口にします。
私自身もかつてはそうでした。
けれども、残念ながらマーケティングの観点からすると、この考え方は落第です。
ただ「たくさんの人」に呼びかけても無駄玉が多くなってしまうからです。
個展のDMを配るのにもコストがかかります。ビジネスの観点からすると、最低限のコストで最大限の効果を得ることを考える必要があります。

 

あなたが「たくさんの人に個展にきてもらいたい」と思ったとき、それは誰でも良いでしょうか?
もし来場者数だけを増やしたいのなら、知り合いの介護施設や幼稚園、小学校、学習塾などの先生や職員に呼びかけて施設入所者や生徒たちを連れてきてもらえば良い。来場者数は一気に伸びるでしょう。

 

けれど、あなたが求めているのはこういうことではないはずです。
「たくさんの人」といっても、ぼんやりと「こんな感じの人」というイメージがあるのではないでしょうか。
たとえば・・・

  1. 自分の絵に興味をもってくれてブログやSNSで紹介してくれる人
  2. きちんと絵をみてくれて的確な批評やアドバイスをくれる人
  3. お金持ちで自分の絵にお金をはらってくれる人
  4. 出版関係社で仕事を発注してくれる可能性の高い人
  5. これまで絵に興味はなかったがなんとなく気になって入ってみようと思った人

ぱっと考えただけでもこれだけの人物像があがってきます。
このうち、あなたの個展に一番きてほしいタイプの人はどの人でしょうか?

 

もし1の人に来てほしいとしましょう。
そもそも、なぜ1の人に来てほしいのでしょうか?
自分の絵をその人のブログで紹介してもらい、自分の絵の認知度を高めるためですよね。
ということは、その人のブログが「自分の絵の認知度を高める」のに効果的である必要があります。
たとえばその人のブログが株式投資に関するブログで、ブログ読者のほとんどが絵に興味がないとしたら、その人のブログで紹介してもらう意味はありません。
逆に、美術館やギャラリーを巡るのが趣味で写真付きで紹介してくれるような人のブログの場合、その読者も美術館やギャラリーに興味があるでしょうから、自分の絵の認知度を高めるのには非常に効果的です。

 

このように「どんな人にサービスや商品を提供したいのか、それはなぜなのか」をなるべく具体的に考えていくことが重要です。できればその人物像を可能な限り具体的にしましょう。友人知人に思い当たる人がいる場合にはその人をモデルに考えても良いでしょう。
そうすることで、自分のターゲットとする人が何を求めていて、どのようにアプローチすれば良いのかがわかってくるからです。

 

case study:私の場合

私がターゲットを想定したときのことを書き記しておきます。
もちろん、すべての人があてはまるわけではありません。
あくまでもひとつの例としてお読みください。

 

私の場合、「そもそも絵を買って飾る、ってどういうことだろう?」というところからスタートしました。
私が絵を置く場合、自分の作品を置くことになります。


絵を置くのには

  1. 自分で絵の仕上がりを確認する
  2. 人に見せる

という二つの目的があります。


ここで気づいたのですが「自分の部屋に絵を飾る」というのは、実は自分の楽しみとしてだけでなく、人に見せる、という目的もあるのです。自分の部屋に人を招く、ということは自分の生活空間を相手に見せることです。生活スタイルや持ち物、趣味嗜好を相手に見せることです。絵の場合は自分に趣味嗜好を見せることになるでしょう。


「自分はこういうものが好きだ」を相手に示すのは、自分の考え方を相手に示すこと、つまり自己表現です。ということは、「絵を飾る」とは自己表現の一貫でもあると考えることができます。


ここでふと、「そういえば絵を飾るのは個人だけではない。会社の応接室やレストラン、ホテルの客室にだって絵は飾ってある」ということに思い当たります。こうした「常に誰かがやってくることが想定される場所」に絵を飾るということはどういうことだろうか。それは「お客様に対して会社もしくはお店が提供しているものを的確に表現すること」、つまり企業としての自己表現であるといえます。


しかし、現実的にはそうした企業が適切に自己表現できているか、というとそうではありません。聞いた話によると、一般的な中小企業の応接室でも、ちゃんとした絵ではなく、ストックフォトからもってきたちょっときれいな写真をプリントして飾っているところもあるそうです。それでは企業のイメージダウンにつながります。
ということは、企業のブランディングや空間演出の一貫として絵を導入していく、というやり方も十分考えられるはず。
そのためには一緒に仕事ができる建築設計やインテリアデザインの人たちと話をしていけば良い・・・

 

このような流れで私自身は主に建築関係、インテリアデザイン関係の方々との関係作りに奔走しているわけです。


逆にギャラリーや画廊とは距離をおいています。
自分から協業できる方にアプローチしていけば、マーケティングや広報の機能は自分自身が果たすことになります。ギャラリーや画廊は広報の機能をアーティスト側がアウトソーシングすることに他なりません。その機能をアーティスト自身が果たせるのならば、ギャラリーや画廊とはつきあう必要がないからです。むしろ中間マージンをとられて手元の利益が減ってしまうことになります。
したがって、私自身はギャラリーや画廊に戦略的に嫌われようとしています。

 

 

ターゲッティングはあなたが「顧客になりうる人たちにどのようにアプローチしていくか」を考える上で非常に重要です。人には限られた時間と労力しか与えられていませんから、そこからいかに最大の効果を引き出すか、を考えるべきなのです。


日本ではまだまだ「とにかく苦労すれば良い」という発想が根強くあります。私はそうした「苦労一辺倒主義」は大嫌いです。無駄な苦労は人をどんどんすり減らしてしまうからです。それなのに、なぜか無駄な苦労が賞賛される傾向にある。これでは日本はますます沈んでいくばかりです。

もっと効率的に収益をあげる工夫をしましょう。そのひとつの技術がターゲッティングなのです。

 

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